言葉(2)
2009年 06月 19日
先日、気に入った言葉について描いたから続けてもうひとつ
富山に行って先行で観た映画「剱岳~点の記」から
まだ一般には上映されてないから書くのん早いかな~と思ったけど、
ま~この映画の核心になる部分でもないってかこの映画自体、話の結末が楽しみ!な映画じゃないしね
結末もみなさんしってるだろ~から
てなことで、言葉
「多少無理してでも行きましょう!」
はっきりとは覚えてないけど、そんな風な言葉
登山やってると
「無理=NG」
が常識なんですよね~
ま~確かに無理するのはよくない
無理ってのは何らかの事故を引き起こす最大の要因やと思うし
でも、この「多少」の部分が大事やと思うんよね
なんで山に登りたい?
最大の理由は
「登りたい!」
と思うからでしょ
無理=NGなら山選びは「登りたいから」ではなく「登れるから」になりません?
登れる山にだけ登る
ってのは、良いの?楽しいの?と思う
ってか、最近そういう疑問を持つようになってきた
でも別に「無理」を推奨してるわけやないですよ
ただ、「登れる」よりも「登りたい」を大事にしたいと思う
だって、趣味なんだから(笑)
ただ、前にも書いてるように「無理」を推奨するわけやない
そこで大事になってくるのが「多少」の部分
ここは僕の勝手な解釈ですが、「多少」というは「自己判断」な部分やと思う
最近よく思うのやけど、山に関して(他にも当てはまるかな)の「無理」「可能」「不可能」の判断を他人に委ねてる人、多くないですか?
「~さんが行けるって言ったから行ける」 とか、「~さんが無理って言うからやめておく」とか
もちろんグループで行動することも多いだろうから自分勝手に行動できないし、初心者は自分で判断がつかないから人に判断してもらう
これは否定できることではないけども、その判断してくれる他人は自分のことをどれだけ知ってるの?
自分のことは自分がよくわかるんでないの?
体調とかなんかは自分以外にはわからんでしょ~
それに、他人に判断を委ねることで責任を他人に押し付ける人も結構いてると思うんよね
どんな状況でも自分の行動の責任は自分にある
そう思えない人がいてるといろんな話が一気にややこしい話になる
だから他人にアドバイスをもらうのはわかるけど、判断は自分でするべきやと思う
そして、責任も自分にある
そうあるべき
団体で行動してようと、単独行であろうと、常に自分と相談して自分で判断する
多少、自分に自信がなくて
でも、どうしても行きたくて
だから多少の無理をしてでも頑張って
周りの方にもサポートしてもらって
そして頑張っていい山行にする
でも無理が多少では足りないかもしれない
引き返せない場所まで来て無理だとわかったなら団体行動がめちゃくちゃになる
だから自分とよく相談して無理になりそうなら引き返せる段階で判断して引き返す
そうだったら、団体行動であろうとも、リーダーについていく山行であっても自分の山行であり、経験になると思う
判断もルートもすべて他人任せで行った山
それはたいした経験にならんと思う
やっぱ、単独であろうと団体であろうと自分の山行で自分の経験にしないと
BCのガイドツアーにもいろいろあって(僕はガイドツアーでは行かないので聞いた話です)
割と至れり尽くせりのツアーが多いそうな
それはもう1つのパーティーではない
ただ、あるBCツアーの場合
ガイドはしてくれるものの、ラッセルもみんなで交代だし
何より、ガイドが雪崩に遭ったなら助けるのはお客であるアナタですよ!
という扱いだそうな
それならガイドとお客の関係であっても、もう1つのパーティーですよね
そうでないと、至れり尽くせりのお客では「BCの経験」にはならない
そう思う
友人同士で行くのも同じ
リーダーの意向に従うのは当然だとしても、自分なりに地図を見て自分なりにルートを考えて地形を見て
そうでないとたいした経験にはならない
無料のガイドツアーと同じ
あ~、話がかなりそれた・・・・・・・・
要するに、「多少の無理をしてでも行く」というのは
「多少の無理」と「限度を超えた無理」
その判断をするのは自分だし
無理をしない
のは良いことのように思えるけども、なんか山に来てる目的を忘れてしまいそうだし
多少の無理をしてでも行きたい場所には多少の無理をしてでもチャレンジし、
それが限度を超えた無理にならないように常に自分と自然と相談して常に考え
多少の無理が致命的なものにならないように準備を怠らず
そうやって山に行くことが(少なくともまだ体力があるアタクシ世代には)一番良い山行なんじゃないかなぁ~
今までなんか自分の気持ちをはっきりと出来なくてもやもやしてたんやけど
この映画のこの台詞を聞いたときに、自分の中で胸にもやもやとしてたものがス~ッと抜けたような気がした
そういう言葉でした
やっぱ文章、長くなるなぁ~。。。。。。
反省
富山に行って先行で観た映画「剱岳~点の記」から
まだ一般には上映されてないから書くのん早いかな~と思ったけど、
ま~この映画の核心になる部分でもないってかこの映画自体、話の結末が楽しみ!な映画じゃないしね
結末もみなさんしってるだろ~から
てなことで、言葉
「多少無理してでも行きましょう!」
はっきりとは覚えてないけど、そんな風な言葉
登山やってると
「無理=NG」
が常識なんですよね~
ま~確かに無理するのはよくない
無理ってのは何らかの事故を引き起こす最大の要因やと思うし
でも、この「多少」の部分が大事やと思うんよね
なんで山に登りたい?
最大の理由は
「登りたい!」
と思うからでしょ
無理=NGなら山選びは「登りたいから」ではなく「登れるから」になりません?
登れる山にだけ登る
ってのは、良いの?楽しいの?と思う
ってか、最近そういう疑問を持つようになってきた
でも別に「無理」を推奨してるわけやないですよ
ただ、「登れる」よりも「登りたい」を大事にしたいと思う
だって、趣味なんだから(笑)
ただ、前にも書いてるように「無理」を推奨するわけやない
そこで大事になってくるのが「多少」の部分
ここは僕の勝手な解釈ですが、「多少」というは「自己判断」な部分やと思う
最近よく思うのやけど、山に関して(他にも当てはまるかな)の「無理」「可能」「不可能」の判断を他人に委ねてる人、多くないですか?
「~さんが行けるって言ったから行ける」 とか、「~さんが無理って言うからやめておく」とか
もちろんグループで行動することも多いだろうから自分勝手に行動できないし、初心者は自分で判断がつかないから人に判断してもらう
これは否定できることではないけども、その判断してくれる他人は自分のことをどれだけ知ってるの?
自分のことは自分がよくわかるんでないの?
体調とかなんかは自分以外にはわからんでしょ~
それに、他人に判断を委ねることで責任を他人に押し付ける人も結構いてると思うんよね
どんな状況でも自分の行動の責任は自分にある
そう思えない人がいてるといろんな話が一気にややこしい話になる
だから他人にアドバイスをもらうのはわかるけど、判断は自分でするべきやと思う
そして、責任も自分にある
そうあるべき
団体で行動してようと、単独行であろうと、常に自分と相談して自分で判断する
多少、自分に自信がなくて
でも、どうしても行きたくて
だから多少の無理をしてでも頑張って
周りの方にもサポートしてもらって
そして頑張っていい山行にする
でも無理が多少では足りないかもしれない
引き返せない場所まで来て無理だとわかったなら団体行動がめちゃくちゃになる
だから自分とよく相談して無理になりそうなら引き返せる段階で判断して引き返す
そうだったら、団体行動であろうとも、リーダーについていく山行であっても自分の山行であり、経験になると思う
判断もルートもすべて他人任せで行った山
それはたいした経験にならんと思う
やっぱ、単独であろうと団体であろうと自分の山行で自分の経験にしないと
BCのガイドツアーにもいろいろあって(僕はガイドツアーでは行かないので聞いた話です)
割と至れり尽くせりのツアーが多いそうな
それはもう1つのパーティーではない
ただ、あるBCツアーの場合
ガイドはしてくれるものの、ラッセルもみんなで交代だし
何より、ガイドが雪崩に遭ったなら助けるのはお客であるアナタですよ!
という扱いだそうな
それならガイドとお客の関係であっても、もう1つのパーティーですよね
そうでないと、至れり尽くせりのお客では「BCの経験」にはならない
そう思う
友人同士で行くのも同じ
リーダーの意向に従うのは当然だとしても、自分なりに地図を見て自分なりにルートを考えて地形を見て
そうでないとたいした経験にはならない
無料のガイドツアーと同じ
あ~、話がかなりそれた・・・・・・・・
要するに、「多少の無理をしてでも行く」というのは
「多少の無理」と「限度を超えた無理」
その判断をするのは自分だし
無理をしない
のは良いことのように思えるけども、なんか山に来てる目的を忘れてしまいそうだし
多少の無理をしてでも行きたい場所には多少の無理をしてでもチャレンジし、
それが限度を超えた無理にならないように常に自分と自然と相談して常に考え
多少の無理が致命的なものにならないように準備を怠らず
そうやって山に行くことが(少なくともまだ体力があるアタクシ世代には)一番良い山行なんじゃないかなぁ~
今までなんか自分の気持ちをはっきりと出来なくてもやもやしてたんやけど
この映画のこの台詞を聞いたときに、自分の中で胸にもやもやとしてたものがス~ッと抜けたような気がした
そういう言葉でした
やっぱ文章、長くなるなぁ~。。。。。。
反省
by kumonotaira | 2009-06-19 21:47 | 日常